『族長の秋』に挑む。

  • 2013.11.04 Monday
  • 18:51
JUGEMテーマ:人生論

 
 
『薔薇の名前』の余勢をかって『族長の秋』を読む。
こちらの前評判も難解の二文字。

段落がなく、主格が“われわれ”になったり、“閣下”という臣下のささやきであったりと目まぐるしく変わる。
そこへ、牛の糞だの、南国の鳥の彷徨うさまが挟み込まれる。

これは確かに難物であった。
1回読んだくらいで何が解ろうか?

 
 
ベンディシオン・アルバラドという名の大統領(主人公)の母。
およそ大統領の母らしからぬ、田舎者丸出しの彼女の大統領府での立ち振る舞い。
しかし、大統領は母をこよなく愛している、それはほとんどマザコンの域に達している。それは、彼の孤独を癒す唯一の存在だからだ。
しかし、奇病に冒され生きて肉体が腐ちてゆく病に苦しみながら死んでゆく。

ロドリゴ・デ=アギラル。
公私ともに大統領の終生の友人は、実は裏切り者であることが発覚する(他の臣下の妬み故の濡れ絹かもしれないが!)。
その制裁として、大統領は軍人の制服を着せたまま料理し、他の臣下のまえでディナーに供する。

レティシア・ナサレルは出自もはっきりしない娼婦だったが、大統領の寵愛を受けて正妻として迎えられるも、謎の昇天のうちに消え去ってしまう。
ロドリゴ・デ=アギラル亡きあとの内政の執行官に任命されるこのペテン師は、大統領の名を借りて虐殺を繰り返し、国民の恨みをかい、しかもそれが大統領の評判を著しく貶めてしまう。
 
本人も忘れてしまうほどの長きに渡った専制も終末を迎えようとしている。

「しかし、二時十分には目を覚ました。頭はぼんやりしているし、暴風の前のように生暖かくてぞっとしない汗で、着ているものがびっしょり濡れていた。そこにいるのは何者だ。ニカルノ、ニカルノと二度呼びかけられたのだ。好きな時に壁を通り抜けて出入りできる、あるいは錠前を開けずに部屋の中に入る、そんな力のそなわった何者かがいるのに違いなかった。事実、そのとき彼は見た。死神だよ、閣下、あんたを迎えに来た死神だよ。ボロボロに裂けたリュウゼツランの繊維を苦行衣を死神はもとっていた。曲がりくねった杖を手に持っていた。陰気な海藻の若い芽が頭蓋骨にびっしり張り付き、骨のつなぎ目には陸の花が咲き誇っていた。肉の落ちた眼窩には、古拙でほうけたような目があった。死神の全身を見たとき初めて、彼は悟った。死神は彼をニカルノ、ニカルノと呼んだが、これは、死を迎える瞬間のわれわれ人間のすべてを、死神が呼ぶとき使う名前なのだ。彼は首を横に振った。死神よ、まだその時じゃないぞ。鉢を使った水占いで以前から予言されてきたとおり、彼はうす暗い執務室で眠るように大往生を遂げるはずだった。ところが死神は答えて言った、いや、それは違う、今ここで、はだしのまま死んでもらわなきゃならん、身につけている貧相な服もそのままだ、もっとも死体を発見した連中は、階級章も何もつけていない麻の軍服を着、左のかかとに金の拍車をつけて執務室の床に横たわっていた、巫女たちの予言のとおりだった、と言うかも知れないが。この死は思いがけないものだった。これでは生きているとは言えない。ただ生き永らえているだけだ。どんなに有用な生も、ただ生きるすべを学ぶためのものに過ぎない、と悟ったときはもはや手遅れなのだと、やっと分かりかけてきたが、しかしそのために、いかに実りのない夢に満ちた年月を重ねてきたことか。もの言わぬ手のひらの秘めた謎や、トランプの目に見えぬ数字によって、彼は自分に愛の能力が欠けていることを悟り、この呪われた宿命をわびしい悪癖めいた権力への熱烈な帰依によって埋め合わせようと努めた。彼自身の宗派の生贄として、この無限に続く餐祭の火のなかに身を投じた。策略と犯罪に終始してきた。冷徹に徹し、汚名を重ねてきた。恐るべき貪欲さと生まれながらの怯懦を克服してきた。しかしその理由はただひとつ、その手に握ったガラス玉を、この世の終わりまで手放さないためだった。すなわち彼は、その充足がかえってこの世の終わりまで続く欲望じたいの産みだす悪徳、それが権力だということを知らなかったのだ。彼がそもそもの初めから心得ていたのは、周囲の者たちが歓心を買うために彼を欺いていることだった。媚を売ることによって彼から金を得ていることだった。実際の年齢より老けて見えるお偉方を沿道に立って歓呼の声で迎えたり、その長寿を祈る文句を書き連ねたプラカードを持っていたりする群衆が、じつは、銃の力を借りて無理やり狩り集められた連中だということだった。しかし、光栄に伴うそうした惨めな経験のすべてを通して、彼は生きるすべてを学んだのだった。長い年月の流れるあいだに、虚偽は疑惑より快適であり、愛より有用であり、真実よりも永遠のものであることを知ったのだ。権力を持たないのに命令し、光栄を与えられないのに称賛され、権威を備えていないのに服従されるという、恥ずべき欺瞞に思い至っても、別に驚きはしなかった。秋の黄葉が舞う中で、彼自身が権力のすべてを把握し、その主人になることは決してないと悟ったのだ。裏面からしかこの生を知りえないという運命にあることを、また、現実という迷妄のコブラン織りの縫い目を解いたり、横糸を整えたり、経糸の節をほぐしたりする運命にあることを、悟ったのだ。もっとも彼は、もう手遅れだというときになっても、彼にとって生きることが可能な唯一の生は、見せかけの生、彼がいるところの反対の、こちら側からわれわれが見ている生だとは考えもしなかった。われわれ貧しい者たちが住んでいるこちら側では、果てしなく長い不幸な歳月や、捉え難い幸福の瞬間が枯葉のように舞っていた。そこでも愛は死の兆しによって汚されていた。しかし、愛は確かにあった。そしてそこで閣下自身は、列車の窓の汚れたカーテン越しに見る、悲しげな目をした、おぼろな幻でしかなかった。もの言わぬ唇のおののきでしかなかった。誰のものとも分からぬ手にはめられたサテンの手袋を振る、一瞬の挨拶でしかなかった。われわれもまた、あてどなくさまよう老人がいったい何者なのか、どうしてそうなったか、見当をつけかねていた。妄想の産物でしかなかったのではないかと思ったりしたが、しかし、確信はなかった。結局、喜劇的な専制君主は、どちら側がこの生の裏であり、表であるのか、ついに知ることはなかったのだ。われわれは決して満たされることのない情熱で愛していた生を、閣下は想像してみることさえしなかった。われわれは充分に心得ていることだけど、生はつかのまのほろ苦いものだが、しかしほかに生はないということを知るのが恐ろしかったからだ。われわれは自分が何者であるか心得ていたが、彼は、くたばりぞこないの老いぼれめいたヘルニアの甘い声に騙されて、ついにそれをしることができなかった。知らぬままに、秋も終わりの冷たくて凍てついた枯葉の陰気な音を聞きながら、忘却という真実が支配する常闇の国へ飛び立っていった。恐怖のあまり、死神の糸のほつれたころもの裾にしがみつきながらである。彼が死んだというめでたいニュースを伝え聞いて表に飛び出し、喜びの歌をうたう熱狂的な群衆の声を聞かずにである。開放を祝う音楽や、にぎやかな爆竹の音や、楽しげな鐘の音などが、永遠と呼ばれる無窮の時間がやっと終わったという吉報を世界中に告げたが、それも聞かずにである。」
 
私は、なぜか、この文章の流れに、高村薫の『新リア王』の斎藤栄の胸中の独白を連想した。
 
 

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